【適応障害で休職】復職・退職・転職、どれも怖くて選べなかった話

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復職

こんにちは。たけちゃんです。

僕は、大手メーカーの研究職として働いていた入社2年目に適応障害となり休職。

そこから1年半の休職を経て、最終的には元の職場に復職しました。

今日は、どこにも踏み出せなかったあの頃の苦しさを書きます。

「復職するのが怖い」

「かといって辞めるのも怖い」

「転職も、フリーランスも、全部未知すぎてどれも選べない」

どの選択肢も怖くて、全部怖くて、どこにも逃げ道がない。

八方塞がりのような苦しさを感じている方へ、今日は書きます。

復職するのも、辞めるのも、どっちも怖かった

「元の職場に戻る」という選択肢が、まず一番現実的だと分かっていました。

でも心が「戻りたくない」と言っているのも、はっきり分かっていました。

またあのピリついた職場に戻ったら、体調を崩すかもしれない。

仮面をつけて頑張らないといけない感覚を、また味わうことになるんじゃないか。

そういうことが簡単にイメージできて、怖かったんですよね。

でも同時に、辞めるのももったいないという気持ちもめちゃくちゃありました。

大学院の博士課程まで進んで専門知識を身につけて、その知識が活かせる職場で、待遇も悪くない。

「せっかくここまで来たのに辞めるのは…」

「この専門性が活かせる場所はそう多くないだろうし…」

そんな声が頭の中で響いていました。

「戻りたくない」という心と、「辞めるのはもったいない」という頭が、真っ向から対立している感じでした。

どちらにも決められずに、ずっと揺れ動いていました。

診断書の期限が近づくたびに、苦しくなった

「そろそろ決めないかん」というプレッシャーが一番強くなるのが、診断書の期限が近づいてくるタイミングでした。

「覚悟を決めないといけない」というプレッシャーが強くなってくるんですよね。

でもいざ考えようとするとまた全部の選択肢が怖くて選べなくて。

また精神状態が落ちてきちゃって、また診断書を延長してもらうというのが何度もありました。

決断を先延ばしにしているという感覚が「逃げてる感じ」になって、「また伸ばすんか自分」という自己否定がまた苦しさを増やしていきました。

選べないプレッシャーが、さらに八方塞がり感を強めていましたね。

「復職したら負け」という気持ちもあった

もう1つ別の苦しさがありました。

僕はいろんな本を読んでいて、企業で働くのが苦しくなって、そこから生き方を大きく変えた人の話を読んでいたんですよね。

そういう人たちって、病んだ時に「エイ」って脱サラして独立している人が多くて。

僕はそういう人たちをすごい格好いいなと思っていました。

自分もやっぱり、そういうかっこいい自分でありたいっていう気持ちがすごいあったんです。

で、これから自分はどうするかって考えたとき、

「もういよいよここで踏み切れる自分でありたい」

「こんなにしんどい思いをしたんだから、もうエイってやめられるはずだ」

と思うんです、が、踏みきれない。怖くて。

「本の人たちはここで決断してるのに、自分はなんでうじうじしてるんや」

という、また別の自己否定にも入ったり。

「復職したら負け」みたいな気持ちがあったんですよね、正直。

今振り返ると、そのかっこいい自分への憧れがかえって自分を苦しめていたなと思います。

転職も、フリーランスも、全部怖かった

じゃあ転職か、と考えると、これも怖かったんです。

サラリーマンとして働く以上は、またストレスフルな環境になるかもしれない。

また同じように病むかもしれない。

外的な要因で自分の幸せを左右されるような選択を取るのが、もう嫌になっていて。

フリーランスという選択肢も当然考えました。

でも身近にフリーランスがいなさすぎて、どういう風に生計を立てているのかが全然わからなくて、もう未知の世界すぎて怖くて。

復職も嫌。

転職も気が進まない。

脱サラへの憧れはあるけど怖い。

フリーランスも未知すぎる。

「進むのも地獄、戻るのも地獄」。

どこにも逃げ場ないやん、人生しんどいなぁ、という感覚に当時はなっていました。

今冷静に思えること

今振り返ると、別に追い込まれていたわけじゃなかったんですよね。

選択肢はちゃんとある状態だったし、むしろ恵まれていた状況だったとも言えるんですけど。

当時はまだ病気が回復しきっていなかったのかもしれない。

全てが悪い方向にしか見えなくなっていました。

病気の状態の時って、「選べる」という事実が「全部怖い」に変換されてしまうんだなと思います。

どうやって一歩踏み出せたのか

最終的に復職という一歩が踏み出せたのは、ゼロか100の思考をやめられたからだと思っています。

「全部丸ごと、自分の弱さも、決められない情けなさも、ぜんぶひっくるめてもうええわ」

そう開き直れた瞬間があって、気軽に一歩踏み出せたんですよね。

「なぜ復職を選んだのか」の詳しい話は、別の記事に書いています。

参考:【ホワイト企業で適応障害】退職・転職と迷って復職を選んだ理由

参考:復職か退職か。適応障害で辞められない自分を許し、職場に実験的に戻った話

最後に伝えたいこと

もしこの記事を読んでいて、同じような八方塞がり感の中にいる方がいれば、一つだけ言わせてください。

1人じゃないですよ。

適応障害になって、今後のことを考える時の怖さって、本当に多くの人が通る道だと思います。

いつか、前に進める日が来ます。

復職でも、転職でも、独立でも、何であれ、ずっとその場にい続けることはない。

いつか必ずどこかに一歩踏み出せる時が来ます。

安易な言葉はかけられないんですが、ただそれだけは、本当に伝えたいです。

参考:【適応障害で休職】休職中にやってよかったこと3つ

参考:【適応障害で休職】同じ職場に2度目の復職をして1ヶ月のリアル

復職・退職・転職で迷っている方へ【ホワイト企業で適応障害】退職・転職と迷って復職を選んだ理由

ということで、今日は以上です。

読んでくださりありがとうございました!

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