「脱サラ」という理想に縛られて、自分で自分の首を絞めていたことに気づいた話

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脱サラを悩む

こんにちは。

愛知のとかいなかで、半農半Xな生き方を模索中のたけちゃんです!

今日は、最近の僕の心境の変化について、少し深いお話を共有させてください。

実は、ここ数ヶ月、ずっと「ある呪い」に苦しんでいたんです。

「会社員を脱しなきゃいけない」という強迫観念

メンタルを病んでからというもの、僕の頭の中は一つの理想でいっぱいでした。

「自然の近くで、半農半X的に、小さくても楽しいことで稼いで生きたい」

この願い自体は、今も僕の核にある大切なものです。

実際、これを叶えるために、自分で仕事を作って稼ぐための仕組みづくりを学べる仕事の自給講座も受講し、実践しています。

でも、いつの間にかそれが「今の会社員という働き方を、一刻も早く脱しなければならない」という強迫観念に変わってしまっていたんですねぇ。

「脱サラし、独立することこそが唯一の生きる道だ」

そう思い込めば思い込むほど、商品やコンテンツ企画が行き詰まるたびに、逃げ道がなくなるような絶望感を感じていました。

「本当に脱サラなんてできるのかなぁ…」と、希望だったはずの「仕事の自給」という道に陰りを感じては、不安に押し潰されそうになる。

今振り返れば、自分で自分の首を絞めていたんだなぁ、と感じます(今もなんですが)。

2度目の休職を経て気づいた、意外な「心地よさ」

ところが、最近ちょっと面白い変化が起きています。

2度目の休職を経て元職場に復職した今の仕事が、実は…ちょっと楽しく感じているんです。

人事異動で人間関係が少し変わり、業務内容も自分の得意を活かせるものに変わったことが大きいのですが。

あれほど「脱したい」と思っていた会社員生活の中に、わずかながら「これならやっていけるかも」という思いが芽生え始めました。

「仕事を自給できなきゃヤバイ」という追い込まれ感が、少しずつ軽くなってきている感覚。

これ、過去にも似たようなことがあったのを思い出しました。

1度目の長期休職中、「復職か、脱サラか、転職か」で八方ふさがりになっていた時。

「エイっと辞められるカッコいい自分」になれないことに失望していた僕は、結局、一番ハードルが低い(と当時は思っていた)復職を選びました。

その時、「とりあえず実験だと思えばいいんじゃね?」と開き直ったら、すごく心が軽くなったんです。

揺れる自分、雑魚な自分を許してみる

これらの経験を通して、最近ようやく自分に許可を出せるようになってきました。

「心地よく生きられる道って、自分が思っていたよりも多いのかもしれない」

「妄想的な不安によって、自分の手で人生を悲観的にしていただけなんじゃね?」

そうやって自分を俯瞰できる余地が増えてきたんですね。

本当は、本で読むような「英断できる潔いヒーロー」になりたかった。

「デキる人で、周りから凄いと思われたい」という承認欲求も、正直まだまだあります。

以前は「そんな承認欲求は手放さなきゃいけない!」と決め込んでいましたが、今は「承認欲求がある自分」のままでもいいんじゃないかな、と思える自分がいるんです。

デキない自分、雑魚な自分、迷って揺れている自分。

そんな「ダサい自分」を全面的に愛せるようになってきたというか、肩の力が抜けてきた感覚があります。

葛藤そのものが、誰かの価値になるかもしれない

「仕事の自給」や「半農半X」という理想はあるけれど、正直いろいろ不安です。

でも、数年前の自分より、考え方にしなやかさが出てきた気がします。

最近は、こういうマインドの変化や葛藤そのものを、誰かの価値に昇華できないだろうか、と考えたり。

(それがKindle本という形で一つ形になった実感はあります。とはいえ、まだまだ商品企画で悩むんですけど)

完璧なヒーローではない、等身大の僕だからこそ伝えられる何かが、きっとどこかにいる誰かの役に立つんじゃないか。

そんな風に思いながら、これからも悩みつつ、迷いつつ、このブログを書き続けていこうと思います。

それでは、今日はここまで。

読んでくださり、ありがとうございました〜!

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