平凡な学生が博士進学するほどに研究が楽しくなった7つの理由

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博士課程

こんにちは。小心者ハカセのただなおです。

ほとんどの理系大学生は学部4年生になるとどこかの研究室に配属され、研究をすることになります。

配属間もない4年生や数年後に配属を控える1~3年生にとって、研究って何が楽しいのか、いまいちピンときませんよね。

実際に私自身も配属前に色々と研究室めぐりをしてそれを聞こうとしました。

修士や博士課程の先輩たちが研究テーマの背景や重要性、使用できる装置の凄さ、論文たくさん書けるよ、みたいなことを目をキラキラさせて説明くださったのですが、平凡学生の私にとっては少々難しく、むしろ当時の私は

  • 初めからこの研究が楽しかったのか
  • 学会とか論文とかってしんどくないのか
  • どういう経緯で研究が楽しくなったのか

みたいな、平凡学生でも共感できるような楽しさも知りたいなぁと思っていました。

「飲みの場で先輩がしみじみ語るような小話」も聞いてみたかったんです

今回は、全く博士課程に興味のなかった理系学生が博士進学(D進)してしまうほどに研究に没入してしまった経緯をしみじみとお話しするかたちで、少しでもその疑問にお答えできればなと思います。

この記事が役立つ人
  • 研究の楽しさを知りたい学生
  • 平凡な理系学生が研究にハマっていく様に興味がある人
  • D進を考えている人

全く博士に興味なかった学生でも、こんな感じで進学しようとする気持ちになるのねぇって、ってオモシロ半分に見てもらえれば結構です。

おおむね時系列に沿った話です。
目次から気になる見出しにスキップしていただいても大丈夫です!

最初に私がどんな学生だったか言っておきますね。

学部3年生までのわたし
  • サークルに明け暮れ、テスト直前に過去問の追い込み勉強で何とか乗り切るタイプ
  • 成績は学科クラスで中の下。
  • 親族はみんな文系職ということもあり、研究者への憧れは全くなかった
  • 学部3年生のころ学部卒の就職もありかもとかなり真剣に就活をしていたほど
  • 博士号への興味は全くなく、D進は自分の人生とは全く無縁のものだと思っていた
  • 将来は無難に修士卒でメーカー就職だろうなぁってぼんやり思ってた
  • 配属研究室は実験演習授業がちょっと楽しかったから、という理由で決めた

こんな感じです。

本当に普通の学生だったと思います。

まさかこんな自分がD進するとは夢にもおもっていませんでした。

配属後、はじめから研究が楽しいわけではなかった

研究室配属自体はかなり楽しみにしてました。

初めての研究室、新しい環境、一体どんな感じなんだろうというドキドキワクワクです。

研究テーマはいくつか提示された候補から直感で選びました。

私の代からはじまる新プロジェクトだったので、テーマ直属の先輩はいませんでした

配属学生はまず初めに自分のテーマの背景や目的をプレゼンするミッションを与えられます。

はじめて論文というものを読みましたが、ちんぷんかんぷんな専門用語ばかりで本当に意味が分かりませんでした。

テーマが近い先輩に手伝ってもらいながらスライドを準備し、プレゼンも教授に突っつかれながらもなんとか乗り切りましたが、背景や目的ははほとんど腹おちしていない状態です。

その後、早々に装置を使って実験を始めていくことになりました。

しかし、これはいったい何の装置で何のための実験なのか、そしてこれがテーマ目的とどうつながっているのか……

全体像がぼやけているので分かろうと努めてもやっぱり完全には理解できません。

テーマへの理解が乏しく、ひとまず教授に言われたからやっているという状態だったため実験してても楽しくなかったわけですね。

さらにいくつかの装置に関しては研究室で使用歴のある人がいませんでした。

いちいち使い方を調べるところから始まり、古めかしい英語の取扱説明書とにらめっこするだけの時間がすぎていきます。

まず、使用目的がよく分からない装置のために多くの時間を割くこと自体がストレス。

そのうえに進展ゼロの日が続くと、いったい自分はなにをしているのだろうとため息が出る毎日でした。

D進に至るまでの7つの転換点

1.装置を使いこなせれば少しずつ実験が楽しくなってきた

めげずに日々装置でガチャガチャとしている内にそれらしいアウトプットがでるようになりました。

ちょっとした達成感を感じるとともに、にらめっこストレスも軽減。

装置の扱いにこなれてくると「トライ→エラー→改善→トライ…」のループ回数が自然と増えてきます。

すると次は原因不明の装置エラー地獄に苦しまされるわけです。

エラー対応で丸1日つぶれて超絶萎える日もけっこうありましたが、こつこつ継続することを先生方が評価してくれました。

たまに「素子を創れた、データがとれた」みたいな何かしらのアウトプットが出たときの小さな喜びちょっとずつでも前進できているというわずかな達成感。

このような小さな達成感や喜びが、当時の原動力だったように思います。

今思えば先生方が「できてないところでなく、できている小さなこと」に目を向けて、私の気持ちをうまく乗せて下さっていたのだと思います

いつのまにか「このエラー時は○○を見ればいい、このエラーは△△が原因の可能性が高い」のように経験値が蓄積され、エラーに泣かされる日はほぼなくなっていました。

エラーが出ても自分一人で対応できる装置が増えてくると、実験への初動もスムーズになり自分のペースで実験を組めるようになります。

エラーに追われていた時には重かった実験室へに足取りが、軽やかになってるんですね。不思議なものです。

4年生の6、7月頃には、おおむね自分が望む通りに装置をあやつれている感覚、素子を作りデータをある程度ねらいどおりに取得できることが楽しかったのを覚えています。

データが意味するところもちょっと分かるようになってきたのも嬉しかったです。

コツコツと継続することは結構自分の性にあっていたんだと思います

2.自分独自のアイディアを試すワクワク感

隔週で行われる緊張の進捗報告会議や、ほぼ炎上で終わった初めての雑誌会、院試に研究テーマのプレゼンが含まれていたこともあり、夏休みが終わるころには研究背景や目的に対する理解はそこそこ深まっていました。

雑誌会とは、担当者が適当な先行論文の内容を研究室メンバーにプレゼンし、あれこれとディスカッションする勉強会みたいなものです

実験では新しい素子の加工手法や評価手法を確立するために試行錯誤を繰り返していた時期でした。

先述の通り研究の目的が分かってくると各実験の意図も見えるようになり、これまで教授の言われるがままに行ってきた実験作業で、自然と自分なりのアイディアが思いつくようになってくるのです。

試していいかな?別にいいよな…?と。そうなったらもう試さずにはいられません。

『試す→失敗→別のアイディア考える→試す…』と、自分オリジナルの工夫を組み込めるようになりました。

私にとって自分で考えたアイディアを試す際のワクワク感は本当に至高でした。

ついでに、自分独自の工夫を実践したことに対して教授からポジティブなフィードバックももらえ、私は大いに鼻を膨らめていたことでしょう。

そうなってくると「試す→失敗→工夫→試す(ワクワク)→ちょっと改善(キター!楽しー!)→もっといいアイディアないかな→試す(ドキドキ)→失敗(うおーーまじかーー)→ならこのやり方はどや→…」と、まるでゲームでステージクリアを目指している感覚です。

おまけにゲームするほど評価されるんです。

「もっと良くしたい、もっと皆を驚かしたい」と、おそらく脳内はドーパミンであふれていたことと思います。

4年生の秋あたりからは、朝ラボに着くや否や速攻で実験室にうつり一日中実験する、みたいな毎日になっていました。

といっても、バイトもあったので朝8時から夕方5時くらいまででしたかね

3.世界の最先端に立っている高揚感

冬になる頃には再現性の高い実験方法もある程度確立され、データを集めていく段階に入っていきました。

ある時データを整理していると、評価した特性がなんとなくと3タイプに分類できそうなことに気づきました。

別の特性も評価してみると、対応するように同じく3タイプに分類できるではありませんか。

心臓の高鳴りを抑えながら、このデータを進捗会議で報告した時の教授の第一声はいまでもわすれません。

「ほぉ~ぅおもしろいですねぇ」

その後も当事者である私よりも先生方が興奮している様子をみて、「どうやら私はすごい発見をしたようだ…」とじわじわと興奮してきました

そこからは、どんなメカニズムで3タイプに分かれるのかを明らかにしていくステップに入りました。

それまで実験一辺倒だったのが打って変わって、先行論文や分厚い専門書を読み漁りこの現象を説明できそうな理論を見つけては実験データと照らし合わせていく日々が始まりました。

もちろん知識の乏しい私にとっては数式がずらりと並ぶ論文を読むだけで一苦労。

そこからさらに理論式に対する理解を深めてエクセルで数値計算のフォーマットを整えて計算を回し、実験データと照合し、そしてようやく一つの理論についての検証が終わるわけです。

たいてい理論と実験データは合致しないので、また別のモデルを見つけに行くところからやり直しです。

本当に果てしない道のりに思えました。

実はこれをやっているのは卒論発表の間近でした。

整合しそうな理論が見つかる気配がぜんぜん無い中でタイムリミットだけが刻々迫りくる恐怖におびえながら、ラボで1人頭を抱えながら夜通しpcカタカタしていたあの日々は、まさに発狂寸前でした。

そしてついに…忘れもしません。

教授の部屋でとある理論シミュレーション結果が今回も実験結果と整合しなかったことを報告していた際に、教授の気づきで計算パラメータの一つを変えた瞬間、見事に実験データと合致したのです。

同時に、その理論に基づけば別の実験でも3タイプに分かれた結果も矛盾なく説明できることが分かりました。

この時に感じた、世界でまだ自分だけしか知らない最先端の知見に触れている高揚感、謎だった実験結果と理論に一本筋が通った爽快感は今でも忘れません。

そしてこの体験が「研究っておもしろい」と初めて感じた瞬間でした

4.初回は震えた学会発表も経験と共にワクワクへ

初めての学会は修士1年夏の国際学会でした。

口頭発表として予稿が受理されたときは「ほんとに受理されてしまった…」と、楽しみは1割で、9割は不安。

スライドやプレゼン原稿の準備は、最初は膨大な結果・考察を発表時間10分に収めることができず、たしかに大変苦労しました

ですが先生方の指導で「なるほどデータは全て載せなくていいのか」とか「この結果を後回しにしてそんなストーリー構成にするのか」というような学びが多く、勉強になるなぁとむしろ楽しんでいました

発表当日はというと、舞台に上がると緊張で手足の震えが止まらず自分の指すレーザーポインターが左右上下小刻みに揺れているのが分かるほど。

質疑応答も一つ目の質問から回答できず、アワアワしている私を見かねた先生が代わりに回答してくれました。

初学会はこのように終わり、質疑応答の件はかなりへこみ若干のトラウマになりましたが、どちらかというと緊張の割には英語プレゼンを最後までやり切れた満足感と安堵感に満ちていました。

質疑ゼロ応答は今では笑い話となり、良い思い出として昇華されています

その後、修士の2年間で10回ほど学会発表の機会をいただき、初めは苦労したスライド準備や発表練習も経験と共に要領をつかみ負荷は軽くなっていきました

特に、発表クオリティに重要なストーリー構成を考えることが自分にとって楽しかったです。

そのほかにも、データの選別や配色・レイアウト、文言のニュアンス、発表時の発声トーンやスピード、強弱など。

このようなテクニカルなスキルについても回を増すごとに自身の上達をはっきりと実感することができ、学会モチベを駆り立てるようになりました。

トラウマの質疑応答に関しては、そのころになっても想定外の質問に答えられず悔しい思いをしたり、厳しい意見を受けて研究の意義にすら疑念を抱いてしまうことが多くありました。

その一方で、面白いと興味を持っていただいたり実験アイディアを提案いただいたり、というような嬉しいことも同時に体験しました。

そのような経験を重ねていく内に、ただただ恐怖でしかなった質疑応答が「自身の研究に対して貴重でおもしろいフィードバックをもらえる時間」というポジティブな印象で上書きされていったように思います。

最初は敵のように感じていた聴講者も次第に味方のように感じてくるし(聴講者に見慣れた顔が増えてくるということもあります)、今回はどんなコメントがもらえるのかな、というワクワク感が徐々に不安感を超越し、トラウマは少しずつ解消されていきました

とはいっても、発表の時はいまだに緊張しますし、厳しい批判にはへこみますけどね

5.論文執筆は意外にも自分の性に合っていた

はじめての論文執筆の機会に恵まれたのは、学会と同じ修士1年の夏でした。

初めての論文執筆を指示されたときには、自分に書けるのかという不安を感じる一方で、次のステップへの挑戦権を得たようなワクワク感と、包み隠さずいうと同期よりもちょっとだけ早く成果がだせることへの優越感も感じちゃっていました。

こんなかんじで勢いのままに取り組み始めたら、意外にも結構没頭できたのです。

もちろん初めは相当な執筆時間になりました。

しかし、手持ちデータを並べてストーリーを組み立てることは学会スライド同様に楽しいし、理論武装のために先行論文を読み込むことも知識の広がりを実感できてうれしいのです。

図やセンテンスの細々した修正も完璧主義な自分の性に合っていて、論文執筆があまり苦ではないことに気づきました。

また文献を相当数読み込み続けると、分野における自分のテーマの位置づけや意義をより明確に理解できるようになっていることを実感します。

さらに、今後のデータ解析や考察に活かせそうな知見を得ることが多々あり、次の実験を速くしたいという気持ちが沸々とわいてくるのです。

私だけでなく初めて執筆した後輩はみんな、ぐちぐち言いながらも書ききった後は全く同じことを言っていました。

長い期間をかけて執筆した論文を投稿し、厳しい査読を経てようやく受理された際の達成感や、Google Scholerに自分の名前で論文がヒットした際の歓喜はほんとうに格別でした。

「こんな自分でも英語で論文かけたぞーー!」と自身の成長を強く実感してとても嬉しかったです。

6.研究者コミュニティの拡がりと先輩博士との出会い

学会で度々発表し交流会(という名の飲み会)にもちょくちょく参加していると、同世代の学生や博士学生の先輩、他大学の先生など、学外に顔なじみの研究者が増えていき、声を掛けることもかけられる機会も多くなります。

そこでできた繋がりで、とある学会の学生幹部や、学会中に実施される学生イベントの運営を任されたりと、一つのご縁がまた別のご縁へと連鎖的につながっていき徐々に研究者ネットワークが拡がっていきました

飲み会でバカ騒ぎをする時もあれば互いの研究を熱く語ることもある、そんな交流を何度も重ねていく内に互いに切磋琢磨できる良好な関係が積みあがっていき、「次の学会でまた研究の進捗聞かせてよ」なんて言いあい、より一層今後の研究に励もうと思わされるのです。

また、分野での自分の認知度が上がっていることを肌で感じ、ほんとに僅かずつではありますが、分野コミュニティの中で自分のポジションが作られていくことを嬉しく思っていました。

マズローの欲求5段階でいうところの「社会的欲求」と「承認欲求」が徐々に満たされているんですねえ

このように、自分の研究に没入するだけが全てだった研究ライフに「大学の垣根を超えた外部との繋がり」という新しい一面が加わり、研究の楽しさは次なるステージへ移行したように思います。

余談ですが、私はこうした飲み会の場で自分の研究を誇らしげに話してくれる先輩博士学生たちの姿を見て、D進欲がぐっと高まりました

それは、もちろん単純にかっこいいなという思いもありました。

が、それ以上に、それまで博士課程に進むのは化け物級の天才だけだと思っていたのが、案外普通の(といえば失礼かもしれませんが)ただただ研究が楽しくてしょうがない人が多いことを知ったことが大きかったです。

「D進って平凡な自分にも案外切り拓かれている選択肢なのかもしれない」と博士を身近に感じるようになったからです。

>>化け物みたいな博士も実はツライ?博士課程の人が凄すぎてD進を迷う人へ

自分と似たような香りがする博士が意外にも多い、という気づきは大きかったです

7.未開の地を戦略的に切り拓いていくワクワク感

さて、これで最後です。

学会や論文投稿などのイベントを定何度かこなした頃(M1の秋~冬頃)には、テーマの掘り下げる方向性をおおむね自分で舵取りできるようになってきました。

つまり、これまでに積み上げてきた経験やインプットしてきた先行研究の知見をもとに

まだ世の中で明らかになっていないことやできていないこと(研究背景・目的)

それが分かった・できたときに分野に与えるインパクト(意義)

どんなアプローチで実施していくか(実験手法)

を、ある程度事前に見通せるようになってくるのです。

もちろん先生と相談しながらなのですが、この頃はある程度自立した研究生として自由にのびのびやらせてもらっていたように思います。

それもまた、先生から信頼と期待をよせてもらっているような感覚を覚え、嬉しいのです
(私はつくづく承認欲求が強いのですねぇ)

自分で目指すべきゴールを決めて戦略的に推し進めていくことができるようになると、未開の荒野をどんどん切り開いている感覚に心躍るのです

分からないことは論文で調べたくなるし、思いついたアイディアは試したくなるし、学会で情報収集したくなるし、おもしろい結果が出たら外部の研究者からフィードバックをもらいたくなるし…

あふれる知的好奇心のままに突き進むのです。

そしてもうひとつ、この頃とそれ以前とで大きく変わったのは、想定外の結果をも楽しめる境地になっていた、ということです。

謎現象を解き明かした学部4年時の原体験のお陰なのでしょうが、想定外の結果に出会った時も「もしかしたら大発見の兆しかも」という思いで心が跳ねるのです。

過去の成功体験により「自分でも解き明かせるかも」という自信もついていますしね

自分で検証方法を考えて実験して、結果を解析して考察をする、その知見を学会発表、論文化してフィードバックをもらう、そしてまた次の未開の地へ。

この一連のプロセス自体が楽しくて病みつきになって…気づけば昼も夜も研究漬けになっていました。

そしてあるころから、自然とこう思うようになっていたのです

あぁ…D進してもっともっとこの研究を続けたいなぁ」と。

最後に

研究では狙ったことが狙い通りにできる嬉しさや期待していなかった結果から思わぬ発見をする悦び、ときに想定外の現象を前に血肉わき躍る感覚を覚える瞬間もありますが、その一方で出口があるかすら分からない道をひとり悩み孤独に歩み続ける苦悩の時もあり、しかしそれ故にその一端にわずかな光が見えた時には筆舌に尽くせぬ高揚感を感じる瞬間もあるのです

これはD進を悩んでいた当時の私が教授からいただいた言葉です。

今振り返れば私の大学院時代の全てを凝縮した言葉だと思いますし、これからの研究人生もそうなのだろうと思います。

初めは右も左も分からず、ただ言われるがままに実験するところから始まった平凡な私のラボ生活でしたが、努力の末に辿り着いた新発見、学会や論文を通じた成長と達成感、研究者仲間との出会い、コミュニティの拡がり、周囲からの信頼と期待…

節目節目に訪れるイベントをがむしゃらに突き進んでいるうちに、意図せず研究の魅惑の扉が次々と開き、そしていつの間にか研究のトリコになっていました

そして、博士課程へと進む決断をしたのです。

私のストーリーはこれで終わりにしますが…きっと研究の魅力は研究者の数だけあるのだと思います。

みなさん、次はぜひとも身近な先輩のストーリーを聞いてみてはいかがでしょうか?

飲みに誘えばきっと”しみじみ”語ってくれることと思います、私のように。

以上です。長文乱文にお付き合いいただきありがとうございました。

この記事でどなたかの役に立つことができればうれしいです!

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