【人生とは】生きるのがつらかった私を救った人生に対する考え方

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メンタリティ

こんにちは。

博士号までとって就いた大手メーカー研究職でうつ状態になり、自分の人生、大きく舵を切ろうともがいているただなおです。

今日は、人生レベルの大きな壁や苦しさを感じている人に向けて、生きることが前向きになる「人生のとらえ方」に関するお話です。

私自身、この解釈(人生に対する考え方)をはじめて知ったとき、雷が落ちるように腑に落ち、そして、生きる勇気がむくむくと湧き上がってきました。

これまでの人生であった様々なできごとが、今このためにあったんだと、一つの物語をみているかのような爽快感を感じ、悩みがぱぁっと晴れるような感覚をしたのです。

それからつい先日、経営者でもある私の古くからの友人と久々に話をしていたとき、彼もまた仕事のことでとても悩んでいたので、同じ話をしたら

「この考え方めちゃくちゃ前向きになるな、ありがとう」

と言ってくれました。

自分自身の経験、そして彼の感謝を聞いて「この考え方は多くの悩める人を救うかもしれない」と思い、ブログに上げようと思いました。

この記事では、自分の過去の話を交えながら、ぜひともそんなお話を共有したいと思います。

この記事が役に立つ人
  • 大きな挫折を感じている人
  • 自分の人生つらいことばかりだと感じている人
  • 生きがいが見つからない人
  • 人生に漠然としたモヤモヤを抱いている人

あなたは今、何に苦しんでいますか?

「仕事がツライ」

「キャリアに不安がある」

「上司とそりが合わない」

「友人と喧嘩した」

「妻(夫)との仲がよくない」

いろいろあると思います。

でもその悩み、実は生まれる前から今のこのタイミング、この状況で悩むことになっていたんだよ。

と言われたら、どう思いますか?

・・・

かつての私は、「んー…どゆこと?」とか「まぁそんなもんかなぁ」とか

無理やり頭でそう理解しようとするけど、腑には落ちてないふわふわした感覚になりました。

ただ、ここ最近、これが自分の体感として納得できました。というか、そう考えざるを得ない状況になったのです。

・・・

ちょっと長いですが、私自身の話をさせてください。

私自身が数か月前にうつ状態になった時

半年前ほど、私が仕事のことでうつ状態になったとき

「ピリついた職場が怖いし、心からやりたいと思えないのに仕事に行かなくちゃいけない状況」に苦しんでいました。

毎日毎日、ピリついた上司の目をうかがい、評価を落とすまいと相談もできず

ただひたすらデキる奴を演じて、鎧をかぶって、

苦手な計画業務やプロジェクトのマネジメント的業務に追われ

「あぁ、なんのために仕事しているんだろうか」と心が徐々にすさんでいっていました。

でも、

  • 「仕事に我慢はつきもの」
  • 「苦手なことも克服しなきゃ」
  • 「一流企業に入れたんだから」
  • 「博士号までとったんだから」

と、心が死にかけても辞める決心ができず、ずるずる毎日仕事に行くしかない状況。

ホントはもっと自由に、自分が心から面白い!とおもえることにのめりこんで、毎日嬉々として生きていたい。

でも、周りの評価や、これまで積み上げてきた頑張りやキャリアのこと、お金のことなどリアルな問題が頭をよぎり、そう生きられない現実。

その葛藤に、生きる意味さえ考えてしまうほどの苦しみを覚えていました。

結果的に、わたしは適応障害と診断されたのです。

詳しい経緯はコチラの記事で書いています。

>>大企業研究職が適応障害になった経緯と病床で気づいた人生で大切なこと

やりたいことが新たに見つかった今もなお…

適応障害になり休ませてもらっている中で自己理解を深め、新たに「やりたいこと」が見つかりました。

ただ、これまで大学~大学院~会社でやってきた研究とは全くかけ離れたこと。完全なる未経験の分野。

やりたいコトが見つかって、ワクワクしている気持ちもたしかに大いにあるんやけど、

あまりにも、そのやりたいことで生きていけている自分の姿イメージが見えなさすぎて、

今は、「ホンマにオレってこのやりたいことで稼げていけるんだろうか?」と、不安不安で足がすくんでいます。

会社を辞めて、全くの新しい道に進みたいのに、なかなかその一歩目がでない葛藤があります。

やりたいコトが見つかったかもしれない喜びの反面、またもお金のことや未経験であることにおびえ、ブレーキをかけてしまう。

その葛藤が頭にグルグルとうずまき

「あぁ、やっぱ自分には無理かもしれない…」

「どうせ自分はこれまでみたいな窮屈な生き方しかできないんだ…」

と絶望感を感じるのです。それはそれで結構苦しんでいます。

過去を振り返ると…

優等生な学生時代

私は、それなりに優等生な人生でした。

小・中学校では勉強もスポーツもそれなりにできて、成績表もかなり良かったほう。

周りからデキる奴と思われることが当たり前の状況。

当時は「デキる奴と思われたい!」と明確に意識していたわけじゃないけど

周りに失望されないようにボロを出さないようにふるまっていた記憶がいくつもあります。

たとえば、授業中に友達としゃべっていたことで先生にみんなの前で叱られた時に

「みんなの前で恥をかいてしまった…」

とひどく落ち込んだことをめっちゃ覚えています。

別に、生徒が先生に叱られるなんて、ありきたりな光景ですよね。

でも私は、そのときに感じた恥じらいにも似た感覚を今でも鮮明に覚えています。

私にとって、デキると思われている皆の前でデキない自分がさらされてしまうのは許されないのです。

それから私は県下トップ高校に進学し、一浪はしましたが旧帝大に入学しました。

大学4回生で研究室に配属されると、研究テーマとの相性がよく、実験にのめりこむようになりました。

(先生方のサポートのおかげということも忘れ)周りより早く成果がでて、同期や後輩に凄い奴だと思われ、先生からも褒められ、鼻も高々、気分はアゲアゲ。

周りから認められ、評価されることで、大きな満足感を得ていました

大学(院)時代のラボで研究に打ち込んだ経験は、人生で一番といっていいほどに充実した時間となりました。

涙するほど悩んだ進路選択

周りの大多数と同じように大学院修士課程に進学しました。

修士でもノリに乗っていた私は、着々と成果を挙げていました。

先生からも博士課程への進学を打診されたりなんかもされるようになり、「おれ、すごいんじゃね?」と思いました。

その勢いのままに、次第に「このまま博士課程進学なんかもありかもな~」なんて考えることも。

しかし、そんな軽いノリで考えていた自分も、いよいろ進路選択の時期が来た時に、めちゃくちゃ悩むことになりました。

どういうことかというと、

心の底では「研究が楽しくて博士課程に進みたい」と望んでいるのに、修士卒で就職する大半の同期と異なる選択をするのが怖かったのです。

(理系大学院生は一般的に修士を出た後は就職する人が多く、金銭的な面やその後のキャリアの観点から、博士課程まで進学する人は極めて少ないのです)

大多数の流れとは異なる道にわざわざ自ら逸れていくような選択をすることがとてもとても怖かったのです。

博士進学に関する悪い情報を目にしては「やっぱやめたほうがいいのでは…」と悩みに悩みました。

それまで、高校、大学選択の時は正直、今の自分の偏差値的にこれくらいやろ、ってな感じで選んでいました。

周り多数がそんな感じで選んでたし。学校の先生とか親もそんな感じで薦めてくれたし。

今思えば、自分の人生なのにすごい他人任せでした。

ただ、博士課程進学か就職かの時は、当時の研究テーマが楽しすぎたがゆえに、少数派の進学という選択肢をカンタンには見送れない状況になってしまったのです。

人生で初めて”自分の意志”で決断しなければいけない状況になったのです。

その選択の末に思わしくない結果が出てもだれにも責任転嫁できないことに、強い恐怖を覚えていました。

結果的に私は進学することに決めましたが、この時のことは

自分で自分の人生を決断できた」経験として

そして同時に

自分がいかに他人任せに人生を歩んできたのかを自覚させられた」経験として

深く心に刻まれることになりました。

(院時代の進路選択の葛藤はコチラの記事で書いています。
>>【D進か就職か】泣くほど悩んだ末に凡人が博士課程に進学した3つの理由

博士時代の就職活動でうつ状態に

それからの博士時代、ただただ知的好奇心のままに研究に没頭していた時は、素晴らしく充実していました。

しかし、博士課程2年で就活を始めた私は、うつ状態になります。

それまの人生で経験したことがないほど、気持ちが落ちてしまいました。

どういうことかといえば、

「自分は博士卒なんだから、周り大多数の修士卒の奴よりも、デキる奴だということをアピールしなければ」

完璧主義が現れ、いつまでたっても納得いくエントリーシートが書けない。

しかもプライドのせいで周りに頼れない。就活で悩んでいると思われたくないから後輩にも相談できない。

どんどん時間だけが過ぎ、〆切が刻々と迫り、その恐怖に心が押しつぶされそうになる。

就活以外の研究仕事も重なり、あぁもうだめだと、パンク状態。

エントリーシートやそのほかの仕事が何一つ進まない自分に、

「自分はどうしようもない奴だ。何も価値がないのではないか。何のために生きているのか。」

と悪いほう悪い方に考え、気づけばうつ状態に…

と、こんな感じでした。

(詳しくはコチラの記事>>【ツラかった博士就活】うつ寸前になるまでの経緯と7つのアドバイス

そうです。

わたしは”周りにどう思われるか”ばかり気にしていました

志望企業の人事に、ラボの後輩に、先生に、「すごい人だ!デキる奴だ」と言われたかったのです。

周りに認められることで自分の幸せを実感していたのです。

博士時代の就活により、自分がどれだけプライドが高く、人から評価されたい気持ちが強いのか、ということを突き付けられました。

自分はずーっと同じことで苦しんでいた

博士時代の就活を経て、ようやく私は気づきました。

「あれ。おれって、これまでの人生、ずっと”評価されたい”一心で生きてきたかもしれない」

  • 小・中学校では、勉強していい点とると親や先生がホメてくれるから頑張っていました。
  • 笑われたくないから、ボロが出ないようにふるまっていました。
  • 高校野球部では、中学時代の恩師の期待に応えたいから主将に名乗り出ました。
  • 大学ラボでは、先生がホメてくれるから研究を頑張っていました。
  • ラボ仲間に凄いと思われたくて、研究頑張っていました。
  • ラボ後輩に笑われたくないから、就活相談できませんでした。

人生一熱中して楽しかったと思っていた大学院時代さえも、根源的なモチベーションを深ぼれば、先生にすごいと驚かれたい、という気持ちが大いにありました。

ずっと。ホントにずっと。

ずーっと、昔から、私は人から認められたくて、すごいと言ってもらいたくて頑張っていました。

  • 承認欲求を満たせるように努力し、
  • 承認欲求が満たせたときに幸せを感じ、
  • 獲得した承認を損なうことにおびえ、
  • 承認を損なったらひどく落ち込んでいました。

俺は、ずっと”他人の評価”に左右されてきた人生だったな」と。

過去をつらぬく、自分の人生の課題が徐々にうきぼりに

博士時代にそう気づけたのはとても大きかったです。

にもかかわらず、会社員になってから私はほとんど同じ理由で適応障害になりました。

  • 「博士入社だからちゃんとデキる奴でいなきゃ」
  • 「下手な質問で上司に笑われないようにしなきゃ」
  • 「全ての仕事をそつなくこなせなきゃ」
  • 「苦手な仕事でも克服できなきゃ失望される」
  • 「この仕事辞めたらラボ時代の恩師に失望される」

誰に言われたわけでもない。

自分で勝手に過剰なプライド、見栄、承認欲求を抱え、素の自分をかくして鎧をまとい続けていました

でも、最後はその鎧で縛りきれなくなったホントの自分が「もう苦しいぁーーこんな生き方しんどいーー」って叫んでしまいました。

こうして適応障害になってから、博士時代の反省を踏まえてもなお同じ苦しみ方をしている自分を振り返り、そして思いました。

おれの人生は『他人の評価に左右されてた』とかそんな単純な話じゃない。

「おれは自分の幸せを他人に依存してきた人生だったんだ」

と。

ようやく気付いた自分の人生の課題

振り返れば、これまでの人生、自分が心の底で何に価値を感じ、どう生きられたら幸せなのかを心底考えたことがありませんでした。

  • だれかが評価してくれるから充実したり
  • だれかが保証してくれる道を選択したり
  • だれかの期待に応えると認められてうれしくなったり
  • だれかに失望されることに不安を覚え不幸感におちいったり

自分の人生の大きな憂い、苦しみ、人生の選択、幸せさえも、そのすべてを、外側に依存しきっていました。

わたしは、自分の人生なのに自分で幸せすら規定できていない、という衝撃的な事実に気づいてしまったのです。

そして、同時に

  • 進学か就職かという2択に迫られた大学院時代
  • 全くの新しいやりたいことに踏み出すか否かの選択に迫られているまさに今

めっちゃくちゃ悩み苦しんでいるのは

『真に自立して生きること』への勇気を試されているからやわ

と、雷に打たれたかのような気づきが降ってきました。

そうか、そうだったのか。

  • 承認欲求が満たされ鼻高々になったことも、
  • 他人の失望におびえ不安感を抱いたことも、
  • 自分の心の声と現実のしがらみに葛藤した苦しい経験も、

すべては『自分の人生を自立して生きる』課題に立ち向かうプロセスだったのだ

という深い納得感を得たのです。

人生を通じて何かを学ぼうと決めて生まれてきている

自分の人生を振り返るほどに、

「もういい加減、自分が心からやりたいと思うことをする生き方に踏み出せよ」

「もうそろそろ、自分なりの幸せに向かって生きはじめろよ」

「もうそろそろ、自分の人生の責任を自分で負って、自由に生きろよ」

「自分の幸せを他人任せにする生き方のつらさは、もう身に染みて分かったやろ?」

だれかから、そう言われているような気がしてならなくなりました。

いや、もうこれ、はじめから俺の今生は『真に自立して生きること』を課題として計画されてたものやろ

そうじゃなきゃこんなうまいシナリオ、ありえへんで。とさえ思ってしまいました。

私は、「どうやらこの人生『自立して生きる』ことを学ぶために生まれてきたんだろう」と完全に腑に落ちました。

全てのできごとは必然で計画どおり

以上が私のつい最近までの経験になります。

この記事を書いている私は今

これまで人生で起きた全てのできごとは、全て必然で、計画通りだった

と体感をもって理解しています。

人は生まれる前に、この人生で学ぶべき課題を決めて生まれている

人生でおこる様々な苦悩、挫折は、その課題を乗り越えるための試練なんだ、と。

いわば、自分が自分の人生に課した宿題を解かされているわけです。

冒頭でお話した経営者である友人も、人生で経験した苦悩の数々から一貫する問題を見出し「人生の課題はこれかもしれない」と気づき

「うお、ってことは今の悩みもさ、これめっちゃ試されてるんやん俺!」と笑ってました。

この感覚、私もめちゃくちゃ共感します。

人生で起こるできごとには全て意味がある

心からこう思えれば、目の前の苦しみや悲しみを「これは自分が計画してきた宿題なんだ」と解釈できるようになります。

すると、それまでツラさ100%だったのが、

じゃあ、この試練からは、いったい何を学べと言っているんだ~?

と、ワクワクにも似たポジティブな感情がむくむくと湧き上がってくるのです。

ネガティブな気持ちを強引にポジティブに変換するわけでもなく、自然とそういう気持ちが泉のように湧き上がってくるんです。

今、このような感覚にいる私は、つい最近まで悩みだった「仕事を辞めて未経験の仕事を新たに始めるか」という問題を

  • 「『自立した人生』に踏み出すための壁を一つ用意してもらったんだな、ありがとうございます。」
  • 「その結果がどうあれ、またそこから何かを学べるような人生になっているんですよね。ありがとうございます。」
  • 「いっちょやってみますわ、オレ。」

とこんな感じで前向きに捉えることができるようになりました。

あなたの苦しみは、いったい何を学ぶためだと思いますか?

これまでの人生を振り返ってみてください。

めっちゃうれしかった時、楽しかった時、逆に、めっちゃしんどかった時、悲しかった時。

そこにはきっとあなたなりの一貫した「人生の課題」があるはずです。

何があなたをそんな気持ちにさせたのか。

何があなたを突き動かしたのか。

俯瞰してみてください。思い出してみてください。

仮に分からなかったとしても、それはつまり、今はまだその課題に気づくべきではないタイミングだった、ということだけです。

何事も計画通りに進んでいます。進んでいると信じてみてください。

すると全てのできごとに対する見方が、少しずつ変わってきます。

では。

追伸:そして私は…

ようやく、私は、新しい道に進むことを決意できました。

>>【研究職が生き方を再考する④完結編】本当にやりたいことを決める

旧帝大の大学院まで行って、工学博士号をとって、大手メーカーの研究職にまでなっておきながら、

その道を辞めて今の自分が心から望むほうへ舵切りすると、決められました。

ここ最近は、個人でやっていくか、どこかあれば会社に転職するか、手段を模索しています。

いろんな人にお会いさせていただき、また別の人につなげてもらったりもしました。

で、そのなかで、やりたいことを実現できそうなとある会社の方と縁あってめぐり合い、今はまさに面接をお願いしている段階です。

ま、この結果がどうなるかわかりませんが、全て計画通りだから、不安がほとんどありません(笑)

今、すごい自分らしく生きられている気がします。これからもそう生きられると希望で満ち溢れています。

ではでは。

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