こんにちは。
適応障害で一度休職(1年半)&復職したあと、数か月後、睡眠障害により2度目の休職(約1か月)をし、そこから昨日まで復職前の事前シミュレーション(図書館通い→午前のみ職場訪問)をやってきまして...
>>2回目の休職からの復職が思ったよりストレスだった話【大手で適応障害】
今日より正式に2度目の復職をいたしました。
正式な復職を果たしましたが、ここから1か月は午前中のみの時短勤務です。
僕の会社では、事前の復職シミュレーションを終えたら、希望する人は最大1か月の短時間勤務制度を利用できるのです。
1度目の休職では、「え…、短時間勤務なんてとって、周りからなにか思われないかな…」とかなりのためらいを感じながら制度を利用しましたが、
今回は、上司にあらかじめ「制度をとりたいと思っています」と前のめりに宣言していました。
自分ファースト精神が育っている手応えをわれながら感じています!笑
ということで、2度目の復職を果たし、初日を終えたばかりの今の心境を、忘れないうちに残しておこうかなと思います。
復職初日を終えた率直な感想
全体を通して言えることは、
「思ったより普通に過ごせた」
ですかね。
初日ということもあり、過度に緊張してしまい、最悪頭痛がおこるんじゃないかと予想していましたが
予想に反して、いたって健やかに過ごすことができました。
今日1日を振り返ってみて印象に残っていることを3つお話します。
- 身体感覚にめっちゃ敏感になっている自分にビックリ
- 職場で聞こえる誰かさんの「詰める指摘」はやっぱ嫌だ
- 先を考えると不安しか湧かないので「今ココ」を意識した
身体感覚にめっちゃ敏感になっている自分にビックリ
まずは、改めて、僕自身の「自分の身体感覚へのアンテナ」の進化ぶりに気づきました。
約2年前にメンタルダウンしてから、休職&復職をくりかえす中で、僕は自分自身の感情を捉え、俯瞰する練習をしていました。
それは、日常的に感じる(主にまだ起きていないことに対する)不安感や心配への囚われを抜け出し、認知のゆがみを正しくするためです。
その習慣は1度目の復職を果たした際、職場でも実践していました。
たとえば、職場での上司の言動にモヤモヤしたとき、僕はササさっとノートに「上司の○○と言う言葉にモヤッとした」みたいに書き残すことをしていました。
そして、そのなかで自分はストレスを感じたら
・みぞおちあたりが「ズーン」と重くなる感覚
・おなかがグルグル回るような感覚
・頭痛
この3つの身体症状に現れやすいという傾向を見つけました。
そして、今日、上司からの「今日から復職ですよね・・・頑張って!ww」というなにげないセリフに対してお腹の中がグルグルする感覚をしっかり認知しました。
で、このぐるぐるの原因を瞬時に分析し
「あ~、『頑張れ』って言われて、ちょっとまた『しっかり頑張らなきゃ』と期待に応えようと無理している自分がいるな~」
としっかり言語化することができました。
同時に
「いえ、もう僕は頑張りませんよ、はい、自分の健康第一でいきますんで」
と心の中で唱えていました。
とまあ、こんな感じで、自分の身体感覚をセンサーに、自分の思い込みや自動思考を捉えることができるようになっている自分に気づき、
心を病む以前の自分と比べて、圧倒的成長を実感しました!
職場で聞こえる誰かさんの「詰める指摘」はやっぱ嫌だ
そのセンサーが、フロアのどこかで行われている会議内での会話を敏感にキャッチしました。
どうやら、どこかの名も知らぬ上司らしき人が、その人の部下らしき人のつくった資料の分かりづらさをロジカルに指摘しているようです。
僕の心臓がとたんにバクバクしだしました。
どきどき、ばくばく。
率直に、「あー・・・、やっぱ嫌だなぁ」と思いました。
この職場にいれば、この先もずっと、ほぼ毎日のように誰かのロジカル指摘を耳にしながら、たまに自分も指摘されながら、
そして、
そんな指摘の矛先にならないように、先回りで「どうすれば『怒られないかな』」って理論武装し続ける日々になるのだろうなぁ…
なーんて、まだおこっていない未来を想像している自分に気づきました
先を考えると不安しかないので「今ココ」を意識した
こんな風に、みぞおちあたりモヤっとするとすぐに悪いことを想像してしまう自分。
そこに気づけば、意識的に「今」に集中するようにしていました。
「今」はまだだれにも怒られていないぞ、
「今」の仕事は、すんごーいラクだそ、
と、自分に言い聞かせることで、「あ、そうだったそうだった、『今』を見れば全く問題ないよな」といくぶんラクになれるのです。
こんな自分とのやり取りを身の内でやっているういちに昼休憩の時間になりました。
次、またしんどくなったら…
今後、また前回のようにしんどくなってきたら、もうその時はいよいよ休職ではなく退職かなぁ、と思っています。
この先10年を想像したとき、職場の10年先輩の姿に自分がなることを思うと…正直やっぱ嫌だな、、、と。
今のメーカー研究職は、かつて自分が憧れていたものでした。
憧れの研究プロジェクトでした。
でも、今はもう、このプロジェクトに対する思い入れはほとんどありません。
この研究テーマがうまくいこうがいくまいが、商品化されようがされまいが、どうでもいいってかんじです。
そもそもなんですが…今僕は、もうこんなにも豊かな社会なのに、これ以上のモノを『もっと成長、爆速成長』と、会社にけつを叩かれながらイヤイヤ研究開発することに、疑問すら感じてしまうのです。
この研究プロジェクトの意義を否定したいわけじゃなく、こんな疑念を持ってしまっている『僕』がやることではないような気がするんです。
このプロジェクトに魂を燃やせる別の人たちで勝手にやってもらった方がいいんだろうな、と思っちゃっているんですよね。
そうなってくると、いよいよ自分がこの会社に残る意味はほとんど残らないんですよね...
いま僕がここまでの思いを持ちながら会社を辞められないのは
- キャリアへの執着(博士号とって、いい会社入って、専門性活かせる職に就けたのに…)
- 会社以外で稼げる力がまだそこまで備わっていない
この2点です。
とくに、1点目が大きい。
ここまでやってきたのに…こんな(世間的には)ホワイトで良いとされる企業に入れたのに、やめるなんてもったいないという強烈な執着です。
厄介ですね。
この執着を手放せられれば、どれだけ身軽になれるのでしょうか。
「何かを得る喜びより、何かを失う損失のほうを強く感じてしまう」
という人間の性とはわかりながらも、なかなか抗えない。
てごわいですねぇ。。。
そして、2点目のお金についても。
僕は夫婦共働きなので、僕が仕事辞めても、妻が働いてくれているので暮らしが唐突に困ることはありません(支出も小さくできているし)。
貯金も直近で困ることがないくらいにはできている。
なのに、やっぱ漠然とした怖さがあるんですよね~。
会社辞めて自分で稼ぐ道を模索しても、一銭もお金が稼げなかったらどうしよう、とかかんがえちゃってんですよね。
でも、自分を含めて家族が幸せに暮らすためのお金を稼いでんのに、そのために心身の健康が崩れてしまったら本末転倒。
この本末転倒ぶりは、もうこの2年で痛いほど理解しました。
だから、もし次、「あ、やっぱ無理だ」と思ったら、その時は潔く辞めようかなぁと思っています(多分…)。
もし、会社辞めるなら、これからどうする?
「もし会社辞めたら」についての話は、まさに現在進行中で妻と協議しています。
まだ確定していないので何とも言えないですが…まさかの移住プランが浮上しています。
具体的な移住先は内緒ですが、僕の祖母の空き家へ引っ越そうかな、と。
利便性がそこそこ良いうえに、My畑もあり、そして海が自転車圏内と近い。
僕ら家族は綺麗な海が大好き。わざわざ愛知からレンタカーで福井の綺麗な海へ行くくらいです。
家賃がかからなくなるうえに、畑ができて、海も近い、そして家がバカに広い。
めっちゃええやん!となっているのです。
そんなことを考えていると、辞めても、全然お先真っ暗じゃないやん、むしろええかも、とワクワクもしてくるんです。
今後の動向については、確定次第、ブログにしていこうかなと思っています。
まとめ
ということで、この記事では、復職した初日の感想を書き留めました。
今日はここまでです。
読んでくださりありがとうございました。


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