先日、YouTubeのライブ配信で、初めて自分の顔を出しました。
それまでずっと顔出しが怖くて避けてきたのですが、一歩実験的に踏み出せたので、その時の心境の変化を忘れないように書き留めておこうと思います。
どうして、あんなに怖かったのか
これまで顔出しができなかった理由は、一言で言えば「誰かに見られるのが嫌だったから」です。
具体的に、3つの怖さがありました。
まずは、会社の人です。
今は仕事を休んでいる時期ということもあって、「休んでいるのに元気そうにYouTubeなんてやってるな」と思われるのが嫌でした。
イヤ、というか、怒られそうで怖かった、そんな感じ。
動画が見つかって、「あいつ仕事休んどいて、なにYouTubeやってんねん。はよ仕事こいや」って思われていたらどうしようか…っていう心配な気持ち。
次に、今の知り合いです。
「あいつ、YouTubeなんて始めてるよ(笑)」って、ちょっと引かれたり、馬鹿にされたりするんじゃないかと不安でした。
そして地味に大きかったのが、学生時代の昔の知人です。
僕は昔、いわゆる真面目な優等生でした。
自分の中に「大手企業に入ってバリバリ働くのが王道」という思い込みがあったので、
そこから外れてしまったような今の自分を知られるのが、恥ずかしく思っている自分がいたんだと思います。
「挫折したんだな」と見下されたくない、という見栄やプライドもあったのかも。
多分、「YouTube発信をする人=王道キャリアから降りた人」みたいな、固定観念を持っているんだと思います。
それでも顔出しをした理由
そんなに怖かったのに、なぜ今回顔を出したのかというと、理由は意外とシンプルで、
ライブ配信なら、顔が見えた方が盛り上がりそうだし、自分の人となりが伝わっていい雰囲気になるかな、と思ったからです。
まぁ、ようはノリと勢いですかね。
それに、普通の動画に比べたら、ライブ配信のアーカイブ動画は、そこまで多くの人に見られることもないだろうな(多分)、という思いもありました。
知人に見つかる可能性も低いかな、と。
そんな「ライブ配信くらいなら…」という、ちょっとした隙間をつくような気持ちで、思い切って顔出ししました。
やってみて気づいたこと
実際に顔を出してライブを終えてみて、今、なんだか不思議な気持ちです。
あんなに怖かったのに、いざ動画が公開されてみると、思っていたほど怖くありませんでした。
もし会社の人や知人にバレて、何か思われたとしても、「それが何だって言うんだろう」とわりと開き直れている自分がいます。
結局、僕が感じていた怖さは、自分自身がYouTubeに対して持っていた偏見から来ていたんだろうなぁ、と思います。
「YouTubeなんて、普通の人がやるようなことじゃない」という偏見。
でも、その一方で、自分の活動に信念をもって、顔出しして発信している人を格好いいと思う気持ちもあります。
むしろ、後者のほうが強いかな。
結局、僕が一番僕自身のことを「変なことをしている、恥ずかしい」とジャッジしていたのかもしれないなぁ。
怖さを作り出していたのは、結局、自分自身だったんだろうな。
とはいえ、今でも普通の動画で顔出しをすることは、やっぱりまだ怖いなと思っています。
これから先、ずっと顔出しを続けていくかどうかも、正直まだ迷っているところです。
自分の中に、「まだ怖いなぁ」って言ってる自分と、「多分大丈夫やって、仮に笑われても怒られても、『その人は自分の人生に関係ない人だから』って思えばいいんだよ」って言ってる自分、2人います。
時によって、強さが入れ替わっています。
今は、後者の声が強めです。
最後に
顔出しの怖さは、結局、自分がYoutube発信をすることについて心底でどう思っているかが反映されていただけなのかもな~って、思います。
自分の偏見と思い込みによる、自作自演の怖さ。
今残っている多少の顔出しへの怖さも、多分、自分の思い込みがつくり出している怖さなんだろうなぁ。
って、気づけてても、やっぱ怖いのは怖い。
この怖さって、どうやったら乗り越えられるんやろね。
今の自分としては、こう考えています。
「顔出ししても大丈夫やった」っていう体験を何度も積み重ねて、この思い込みが間違っていたことを体感で理解していく。
これ。
これが手っ取り早く解決できるな気がするな~。めっちゃ力業やけど。
…と、今はそんなふうに感じています。
この先どうするかはまぁしばらく考えるとして、まずは「一歩踏み出せた自分」を、今は素直に認めてあげたい。
そんな晴れやかな気分です。


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