「NO」と言いたい。
でも、どうしても口が動かない。
そんな経験はありませんか?
かつての僕は、まさにそうでした。
常に「相手の期待に応えられる自分」という仮面を被って、窒息しそうな毎日を送っていました。
今日は、僕が一番しんどかった、ある「断れなかった日の話」をさせてください。
恩師からの依頼と、あの日の本音
社会人になって数年が経った頃のことです。
大学院時代に大変お世話になった、僕のことを高く評価してくれていた恩師から連絡がありました。
「学会で、博士課程時代の研究内容について講演をしてくれないか」
正直な本音を言えば、当時の僕は仕事が忙しくて余裕なんて1ミリもなかったし、何より準備が面倒で、やりたくありませんでした。
「嫌だ、やりたくない」というのが、心の底からの叫びでした。
でも、恩師の「君の活躍を期待している」という言葉を前に、僕は一言も「断る」という選択肢を出すことができませんでした。
「ここで断ったら、がっかりされる」
「期待を裏切ったら、もう僕に価値はないと思われてしまう」
そんな葛藤を抱えながらも、表面上は普通を装って、「はい、分かりました」と快諾してしまったんです。
「デキる奴」という仮面の正体
それからの準備期間は、重い足取りの毎日でした。
本業の合間を縫って、必死に資料を作り、発表の構成を練り直しました。
でも、その原動力は「伝えたいこと」があるからではなく、ただ「恥をかきたくない」「失望されたくない」という恐れだけ。
そこまで自分を追い込んでいたのは、僕自身が勝手に被っていた「デキる奴」という仮面のせいでした。
等身大の自分は、ただの「忙しいし、準備も面倒だと思っている人間」です。
でも、その情けない自分をさらけ出したら、もう居場所がなくなる。
恩師に、そして社会に、見捨てられてしまう。
そう本気で信じ込んでいたんです。
繰り返していた「どん底のパターン」
あとになって振り返ってみると、僕は人生の節目節目で、いつも同じことを繰り返していました。
- 就職活動で、自分を大きく見せようとして、完璧主義になり、エントリーシートが納期ぎりぎりまで完成しなくて苦しかったこと
- 会社で、無理な仕事の依頼を「大丈夫です!」と引き受けて、裏で苦しみながら残業していたこと。
時代も状況も違いますが、根っこにあるのは全部同じ。
「周りに認められたくて、自分を大きく見せようとして、そのプレッサーチで自滅する」というパターンでした。
「期待に応えなきゃ」と思えば思うほど、僕は僕自身から遠ざかり、心が壊れていく。
後に、適応障害という形で人生が「強制終了」したのは、もうそんな自分に嘘をつく生き方は限界だよ、という体からのサインだったんだと思います。
等身大で生きるということ
もちろん、今でも「がっかりされたらどうしよう」と不安になることはあります。
今日もブログを書きながら、どこかで「いいことを書かなきゃ」と思っている自分がいます。
でも、今の僕は、以前とは少しだけ違う選択をしようとしています。
「がっかりされてもいいから、自分に嘘をつかない」
「期待に応えられなくても、僕の価値は変わらない」
そう自分に言い聞かせながら、少しずつ「デキる人の仮面」を外す練習をしています。
もし、あなたも今、誰かの期待に押し潰されそうで、苦しくてたまらないのなら。
どうか、自分の中にある「もうムリだよ」という小さな声を、無視しないでほしいんです。
あなたが被っているその仮面を、一回だけ置いてみる。
そこからしか、本当に心地いい人生は始まらないのかもしれない。
今の僕は、そう思っています。
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