見栄を張って生きるのがしんどい。
でも、やめたいけどやめられない。
そんな思いを抱えていませんか。
僕は、職場で見栄を張って人を頼れず、抱え込んだ結果メンタルダウンしました。
そして1年半の休職を経て、少しずつ「デキる人」を手放せるようになってきました。
この記事では、見栄を張って「デキる人」でいようとしていた僕が、それを手放せた4つの理由をお伝えします。
見栄を張って「デキる人」でいようとしていた時の構造
見栄を張って「デキる人」でいようとしていた時、実は自分が一番自分に厳しかったんです。
「ちゃんとしなきゃ」という思いが、自分に向けられていた。
今日の飲み会、ホントは疲れているから休みたいけど、相手に悪いから参加したり。
ホントはゴロゴロしたいのに、時間を無駄にしてはいけない気がして無理やり勉強してみたり。
これらは、自分のホンネを無視した自分のケツをたたく行為なんですよね。
この「ちゃんとしなきゃ」が続くと、いつか「もう、しんどい…」と限界が来ます。僕がメンタルダウンしたときはまさにこの状態でした。
「デキる人」を手放せた4つの理由
では、なぜ僕は「デキる人」を手放せたのでしょうか。
それは以下の4つです。
- 強がってきたのは自分を守るためだったと理解した
- 見栄を張らないほうが心と言動が一致してうまくいくと分かった
- 自分のわがままを叶えてあげられるようになった
- これまでの自分と逆のことをやってみて、問題が起きないことを体験した
一つずつ説明します。
理由1:強がってきたのは自分を守るためだったと理解した
僕は長い間、見栄を張って「デキる人」でいようとしていました。
それは自分を守ろうとしていたからだと、後から気づきました。
「デキない自分」を見せたら、評価が下がるかもしれない。「弱い自分」を見せたら、嫌われるかもしれない。
そんな恐怖から、必死に「デキる人」の仮面をかぶり続けていたんです。
でも、実際に弱みを見せる経験を通じて、気づいたことがありました。
博士学生時代の就活で、後輩たちに「めっちゃ悩んでるんよ…」と悩みを告白したら、馬鹿にされるどころか、めちゃ共感されて、親切に手伝ってくれました。
そうか。
勝手に自分で「弱みを見せたら終わり」と思い込んでいただけだったようです。
プライドが高い人は、自分自身がデキない自分を認めてあげられていないことが多いようです。
「聞いても大丈夫、完璧じゃなくて大丈夫、デキない自分でもOK」
自分自身がデキない自分を認め、少しずつ許していけるようになる。
その末に、「プライドの高さが邪魔して、頼れず、我慢してしまう日々」から抜けだせるのだと考えます。
理由2:見栄を張らないほうが心と言動が一致してうまくいくと分かった
見栄を張って「デキる人」でいようとすることは、自分の弱さを隠すことでもあります。
でも、弱さを隠すから、ツライんですよね。
自分のホンネを無視して、「ちゃんとしなきゃ」と頑張っている状態は、
心と言動が一致していない状態なんです。
でも、見栄を張らずに、本音を言うとどうなるか。
復職後の面談で、僕はついに言えました。
「これ、苦手でやりたくないんです。」
「ほかの仕事やりたいんです」
面談の直前まで、ほんまに怖かった。
でも、言ってみた結果、何も起こらなかった。
怒られもしないし、とくにまずいことはおきなかった。
やっぱり、自分が勝手に脳内で過剰にこわがってるだけだった。
世界は優しかったー!
見栄を張らずに本音を言うことで、心と言動が一致するようになりました。
そして、結果的にうまくいくことを体感できたんです。
理由3:自分のわがままを叶えてあげられるようになった
復職後、色々な実験をしてみました。
Tシャツ出勤をしてみたり、挨拶せずに退勤してみたり、暇になっても仕事を探しにいかない実験をしてみたり。
これらは、これまでの僕なら「やってはいけない」と思っていたことばかりです。
でも、あえてやってみることで、自分のわがままを叶えてあげられるようになったんです。
「やりたくないことはやらない、気の進まない誘いは断る」
そんな「わがまま」を、少しずつ叶えてあげられるようになった。
その結果、不思議と、自分の気分も心地いいし、物事がスムーズに動いてくれることが増えてきました。
理由4:これまでの自分と逆のことをやってみて、問題が起きないことを体験した
復職してから、わりと頻繁に会社を休んでいます。
復職直後は、結構、休むことを申し訳なく思っていました。
朝、今日はしんどいと思った際、色んな事が頭を駆け巡ります。
・あぁ、優しい上司とはいえ、休む連絡するの嫌だな…
・あぁ、でも休んだら、周りにどう思われるかな…
・実際、行けるくらいのしんどさだしな…
以前ならきっと、「これくらいで休むのは違うな、これくらいなら、まぁ行けるかな」と職場に行っていました。
でも、そんな迷いがあっても、できる限り「エイやっ」と休むようにしていました。
実際休み明けの翌日に行くと、結局は何もいわれず、
むしろ心配してもらっていた、という体験を積み重ねました。
それまで、ただ勝手に、もうイメージで
「体調不良でも、これくらいなら休んじゃダメ」
というルールを握りしめていたんですよね。
でも、実際に休んでみると「なんや、大丈夫やん」と思えた。
つまりこれは、「体調不良でも、これくらいなら休んじゃダメ」というマイルールが、
「別に休んでもいい」という風に上書きされたってことだと思うんです。
イメージで作られたマイルールが、体験を伴った「大丈夫やん」経験により、一気に消失したんです。
見栄を張らずに自然体で生きる上で大事なこと
見栄を張らずに自然体で生きる上で大事なことは、自分の本音を大切にすることだと思います。
「ちゃんとしなきゃ」という思い込みを手放し、自分のホンネをすくいあげて生きること。
でも、どれだけ自分を取り繕っても、すべての人に好かれることはないんです。
だから、逆に言うと「すべての人に好かれることを諦める」こと。
これが無理せず、頑張らないで生きる上でとても大事なことだと思います。
自分が自分らしくありのままで生きていていれば、勝手にそんな自分を好きでいてくれる人が残っていきます。
合わない人は勝手に離れていきます。
今僕の周りには以前よりもストレスに感じる人が確実に減っています。
まとめ
この記事では、見栄を張って「デキる人」でいようとしていた僕が、それを手放せた4つの理由をお伝えしました。
大きく4つ。
- 強がってきたのは自分を守るためだったと理解した
- 見栄を張らないほうが心と言動が一致してうまくいくと分かった
- 自分のわがままを叶えてあげられるようになった
- これまでの自分と逆のことをやってみて、問題が起きないことを体験した
今すぐ大きな変化を感じられなくとも、大丈夫です。
完璧を求めず、まずは小さな一歩「自分の本音を一つ言ってみる」から始めてみてください。
きっと、見栄を張らずに自然体で生きられるようになるはずです。
それでは、今日は以上です。
読んでくださり、ありがとうございました。
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