仕事が辛いのは「自己受容、他者信頼、他者貢献」が理由かも【アドラー心理学】

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アドラー心理学

前回の記事で、アドラー心理学の「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」の3つを正の方向にクルクルと循環させていけば、どんどん幸せ感が増すはずだ!ということを説明しました。

>>【アドラー心理学】幸せのカギは自己受容、他者信頼、他者貢献の正のサイクル

今日は、その反対のお話です。

こんな人いませんか?

  • 職場の人に失望されたくないからめっちゃ頑張ってるけど、しんどい
  • 周りに認められたい承認欲求が強い
  • 周りからバカにされるのが怖いくて、完璧主義になってしまう

これ、実はこの3つが、負のスパイラルに陥っていることで起きているかもしれません。

というのも、僕自身が職場で病んでしまった経緯が、このアドラー心理学の話にめちゃくちゃあてはまっていたからです。

今日の記事では、大手メーカーの研究職として働く(今は復帰している)僕が、仕事でメンタルダウンしてしまった原因について、

アドラー心理学の「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」の話にそって解説したいと思います。

この記事を読めば、今なんで仕事がしんどいのか、モヤモヤするのか、その原因や改善のヒントを掴めるかもしれません。

では行きましょう!

自己受容が欠けると、3つは“負のスパイラル”になる

端的に言うと、今、仕事がツライのは、この3つが“負のスパイラル”に陥っているから、かもしれません。

僕は会社に勤めてからしばらくの間、まさにこの3つが負のスパイラルになって、どんどん幸福から遠ざかっていったと思います。

「上司が怖い、馬鹿にされたくない」は自己受容の低さだった

入社した当日から、どこか職場に張りつめた空気を感じました。

大企業ということもあり、周りの人がみんな優秀に見える。

研究企画書の緻密さも、上司と管理職の間で飛び交うやりとりの鋭さも、当時の僕からすると「すごい」の一言でした。

そして同時に、「うわ、自分もあんなふうに詰められるのかな…」という恐怖もありました。

今振り返ると、僕は最初から自己受容が低かったんだと思います。

入社するまで、大学院の研究ではそこそこの成果がでました。これまで挫折らしい挫折もなかった。

院卒、博士卒、という肩書きを持てていることも大きかった。

”そんな自分”を誇らしく思っていたと思います。

少なくも自分は自分のことを「自己肯定感が低い」と思ったことはありませんでした。

でも、今振り返ってみれば、それはハリボテの自己受容だったんです。

会社に入ってみると、みーんなすごく見える。そして、その“上”にいる人でさえ、さらに上の人に詰められている。

で、なんかしんどそう。

ため息やら、舌打ちがやたらに聞こえるんですよね。

上層部への資料づくりのための会議にて、「〇〇(役員や部長)さんに詰められないように…」みたいな指摘を上司や先輩たちがしている。

少しずつですが、僕は自分の資料や計画を上司に見せるのが怖くなっていったんです。

資料を作っている時に、頭の中で「あぁ、これだと上司に詰められるだろうな、これじゃだめだ」

って、上司に詰められるイメージが浮かんできて、完璧主義になっていきました。

批判されるのが怖くて、ため息をつかれるのが怖くて、呆れられるのが怖くて。

相談もできませんでした。

結局は…

上司の期待に応えられないかもしれない自分、

仕事がデキないと思われるかもしれない自分を、

僕自身が認められていなかった、ってことなんだと今ならわかります。

メンタルダウンしたことで、これまで自分のメンタルを支えていた「成果」や「肩書き」の鎧が、いかに脆いものだったかを思い知らされました。

僕はその鎧に自信を持っていただけで、その下のすっ裸の自分には、全く自信がなかった。

「普通であること」「その他大勢の一人であること」を受け入れられなかった。

「自分はあの人たちから“できないヤツ”と思われるんだろうな」という不安がじわじわと大きくなり、

「できない自分」を受け入れることができずにいたのだと思います。

他者を“敵”に見えるから、他者貢献できない

計画立案が苦手な僕は、なかなか仕事が進まない。

でも、上司や先輩に相談できなかった。

なぜなら、周りに「そんなのも分からんのかよ…」って思われないかととても不安だったからです。

聞けばすぐ解決するかもしれないことも、「いや、これは自分で調べるべきだ、みんなもそう思っているはずだ」と。

相談事もそうだし、報告書などを見せるときも怖かったんです。

「批判されるかな…」

「正論で返されて、詰められるんかな…」

「呆れ笑いされるかな…」

結局自分がダメだと思い知らされるだけだ、みたいに決めつけていた感じがあります。

つまり、他者を信頼できなくなっていたんですね。いや、もはや敵のように感じていました。

実際には、親身になってくれる先輩もいたはずなのに、当時の僕の目には、ピリついた空気と、厳しい上司の姿しか映っていませんでした。

そして、職場のみんなも、なにか闘っているような雰囲気を勝手に感じていました。

当然、仕事は遅れ、納期が迫るとさらに焦り、「間に合わなかったらもっと怒られる…」と不安が募る。

完全に負のループ

僕の中にはもはや「チームに貢献しよう」という他者貢献の気持ちは皆無でした。

いかに、怒られないように、馬鹿にされないようにやるか、ただそれだけでした。

もう、職場で他者のかかわりに踏みだす勇気はほとんどくじかれていたんですね。

その末に、僕は心をすり減らして、病んでしまったのでした。

負のスパイラルから抜けだすには

というかんじで今になって思えば、あのころの僕は自己受容ができていなから、他者を信頼できず、敵のように感じていた。

だから周りにお願いしたり提案するときなんかは、もうドキドキ、不安で、貢献する勇気がくじかれていました。

他者貢献の回数が減るから、「役に立てた!」と感じる機会も減り、自己受容が回復することもほとんどない。

まさに。3つの歯車が全部、逆回転していました。

じゃあ、そういう状態になった人はどうすればいいのかといえば、それは

「怖くても、他者貢献に踏みだすしかない」だと思います。

見返りは求めず、自己満足でいいから、自分なりにコミュニティに貢献できることをやってみる。

周りとのかかわりにエイやっとふみ出してみることなんだと思います。

そして、他者とのかかわりへ踏み出せた事実、意外と何も批判されないという事実、むしろ喜ばれたりすることもあるという事実、

こうした小さな実体験の積み重ねにより、少しずつ

「あ、自分、これでもいいのかも」と自己受容できるようになり、

「あ、意外と周りの人、怖くないな…自分が勝手に怖がっていただけだったのかも」と他者信頼のベースができあがっていくのだと思います。

すると、他者貢献への勇気がまた少しだけ上がり、行動に移せる。

「自分でも役に立てた」という実感が生まれ、また自己受容が高まっていく――。

こうやって正のスパイラルがまたまわり出すんじゃないかと思います。

おわりに

自己受容、他者信頼、他者貢献。

この3つは、たんに“いいこと”として並べるだけではなく、

心の状態や人との関係性の中で、具体的に「回っていくもの」だと思います。

負のスパイラルに陥ることもあれば、正のスパイラルに戻っていけることもある。

僕もその両方を知った今だからこそ、「焦らなくても、少しずつ回していけばいい」と思えるようになりました。

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